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館長からのメッセージ

不況の時に飛躍をした松下幸之助の経営
2008年12月

 米国に端を発した金融危機の影響で、厳しい不況の波が押し寄せてきました。このようなときは、歴史を振り返り、原点に立ち返る中で、危機克服のヒントがあるように思います。

 松下幸之助は、生前、自分の経営において、三回の大きな危機があったと述べています。最初は、昭和初期、世界恐慌の時です。二回目は、第二次世界大戦後、そして三回目は、昭和39年の東京オリンピック前の不況です。

 松下電器(現パナソニック)の経営の基本、伝統、企業風土は、下記のように、昭和初期の未曽有の不況の時に生まれました。

  • 昭和2年(昭和金融恐慌) ナショナルランプの発売(「ナショナル」の商標の第一号)、電熱部門(アイロン)の新設、住友銀行との取引開始
  • 昭和4年(世界恐慌勃発) 松下電器製作所へ社名変更、綱領、信条の制定、初めての友好的M&Aで合成樹脂分野へ進出
  • 昭和6年 乾電池製造の直営、ラジオ事業への本格進出
  • 昭和7年 第1回創業記念式、経営理念の確立(命知元年)
  • 昭和8年 事業部制のスタ-ト、大阪の門真に本店を移転、工場を新設

 このときの危機の克服が、その後の大発展の転機になった体験の中で、松下幸之助は、「不況またよし、危機は発展の好機である」という信念を持つに至ったようです。

<松下幸之助 不況克服の心得十ヵ条>
・第一条「不況またよし」
・第二条「原点に返る」
・第三条「みずからを点検する」
・第四条「不退転の覚悟を」
・第五条「慣習を打ち破る」
・第六条「一服して待つ」
・第七条「なすべきをなす」
・第八条「ダムづくりのすすめ」
・第九条「打てば響く組織に」
・第十条「責任はわれにあり」

昭和2年発売ナショナルランプ自転車・手提げ兼用練物製角型電池ランプ(写真左)
松下幸之助が考案、昭和2年はじめて“ナショナル”の商標をつけて発売された。

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財団法人 松下社会科学振興財団
松下資料館 館長 川越森雄

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