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館長からのメッセージ

君は中南米の松下幸之助
2017年2月

 松下幸之助は、松下電器の海外への進出について、次のような考え方をしていました。

 「まず相手国の利益を第一に考える。もちろん、自分の企業のため、自分の国のためをまったく考えないというのではないが、それが先になってはいけない。あくまでも、総合的にみて、その国の発展、その国の人びとの福祉増進に役立つものであることが大切であって、そうではないものはいくら自分の企業の利益、自国の利益になるようなことでもやってはならないという考え方である。そういう基本の理念を各国、各企業がもって経済交流を進めていくことが大切である。そうなってくれば、国際間の摩擦も少なくなり、各国の共存共栄が実現されてくると思う」 (1977年6月 ジェトロ一行懇談会にて)

1966年、中南米第一号の生産拠点として、松下電器で初めての100%資本によるナショナル・ぺルアーナ(現在のパナソニック ペルー)が設立された時の話をご紹介いたしましょう。
そこの現地責任者として、九州松下電器(現在のパナソニック システムネットワークス)・佐賀工場の建設で実績のあった山田利郎氏が常務としてペルーに赴任しました。
山田常務は、工場用地を購入すると、さっそく「ナショナル・ぺルアーナはペルーの会社です。われわれはペルーの発展のために貢献します」とスペイン語で書いた大看板を用地の真ん中に立てました。それは、松下電器としての基本方針を伝えようと考えたアイデアでした。

実際に現地での経営を進めるにあたっては問題点がいろいろとありました。その一つが、「昼休みは夏場4時間、冬場3時間」という当時のペルーの労働法の規定でした。昼休みになるとみんな食事をしに家に戻ってしまうのです。これでは能率的な仕事はできないと考えた山田常務は、食堂を設置しました。そして、夜学に通う希望者には1年間学費を補助するとの付帯条件を付け、「昼休みを45分に短縮してほしい」旨の陳情書を携えて労働省へ日参しました。10数回にも及ぶ陳情の末、労働省の特別許可を得ることができました。

数ヵ月後、本社の高橋荒太郎副社長がペルーを訪問した時に、従業員の代表が次のようなことを言ってくれたそうです。「松下電器が来て、旧来の長い慣習を破っていいことをしてくれた。われわれは非常に感謝している」。山田常務の苦労が報われた一言でした。

松下資料館の映像ブースに、山田常務が日本の本社に報告に行った当時を振り返って語っている映像があります。

「こっちがまあドアから出ようとしたらね、『君はね、中南米の松下幸之助なんだからね。よろしく頼むよ』と背中に向かってね、帰る時にこう声をかけられるとね、『分身なのよ』ということになるわけね。そうすると、もうこれはたまらんわね。もう責任感、使命感しっかりと背中に背負って、また現地へ戻って行くというようなことでございました」

山田常務が日本の本社に報告にいくと、海外担当の高橋副社長や松下社長からまず最初に言われることは、ペルーの政府に喜んでいただいているか、現地の販売店さんに喜んでいただいているか、従業員に喜んでいただいているか、ということでした。普通であれば、「売上・利益はどうか?」とまず最初に聞くと思いますが、売上は喜ばれている経営をしていれば、必ずついてくるという松下電器の基本的な考えなのです。ナショナル・ぺルアーナは、山田常務をはじめとした経営陣・従業員共の努力の甲斐があって、ペルーに貢献する立派な現地会社へと成長することができました。
「企業は公器、仕事は公事」「使命感をもった経営」を言い続けた松下幸之助の経営理念は、海外事業においてもつらぬかれていることに、改めて心打たれた次第です。

映像ブース「経営者・リーダーの条件」映像ブース「経営者・リーダーの条件」
松下幸之助の責任者の心得についてご覧いただけます

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公益財団法人 松下社会科学振興財団
松下資料館 館長 遠藤紀夫

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