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館長からのメッセージ

経営理念と危機対応
2020年7月

 今回は、松下幸之助の経営理念である「産業人の真使命」「共存共栄」「ダム経営」に焦点をあてて、危機的状況にどのように考え、対応したのかを紹介したいと思います。

昭和9年9月21日、室戸台風が関西を襲い、松下電器も大打撃を受けました。前年、全社挙げて大開町から門真市に移転したばかりだというのに、本社一部損壊、乾電池工場全壊、配線器具工場全壊、松下電器第一・第二工場の主力工場も倒壊という悲惨な状況に陥りました。まだ風がおさまりきらない時に、工場の門前にかけつけた松下幸之助は、当時、第一・第二工場の工場長だった後藤清一氏に、次のようなことを告げたのです。
「後藤君なあ、こけたら立たなあかんねん。赤ん坊でも、こけっぱなしではおらへん。すぐ立ちあがるやないか。そないしいや」
 起こってしまったことはしかたがないのだ。再建はどうするか、資金の調達はどうするのか、その間の製造、市場、従業員をどうするのか。困ったことをあーだこうだ言ってるヒマはない。こけたら立たなあかんぞ。後藤氏にはしっかりとそう聞こえたのでした。
 すぐさま従業員たちは、徹夜でバラックを立てたり、倉庫に設備を移して臨時の作業場を作りました。何と、一ヵ月程度で生産力を回復させることができたのでした。
 なぜ従業員は壊滅的な状況でもめげずに、夜を徹して工場復興に心血を注ぐことができたのでしょうか。それは、二年前の昭和7年に、幸之助が「産業人の真使命」を全従業員に訴え共有したことにより、こうした危機の時に大きな力を生み出すことができたと言えるのではないかと思います。「産業人の真使命」とは、何のためにわが社は存在しているのか、何のためにこの仕事をするのか、といった社会的意義(国民生活を豊かにする生産活動の意義)を経営理念としたものです。こういう時こそ、社会のために生産を止めてはならないという強い使命感が、従業員一人ひとりの気持ちをかりたて、早い復興に成功することができたのでした。
 さらに、幸之助の危機対応は製造の面だけにとどまりませんでした。
「苦しいのは松下電器ばかりやない。お得意先も同じや。見舞金を届けよう」
 幹部たちはぬかるみの中、お得意先のところに急行しました。屋根の上まで浸水した電器店に後藤氏が見舞金を届けると、「よう来てくれたなあ」と抱きつかれて涙ながらに感謝されたそうです。
 危機的な状況は、仕入先や販売先も同じである。そういう時だからこそ、「共存共栄」の助け合いの精神が大事である。結果、それが後々双方の繁栄につながるのだ。これも幸之助の経営理念の基本でした。自社だけが栄えるということは一時的にあり得ても、そう長続きするものではありません。「共存共栄」とは、ともどもに栄えることが自然の理であり、社会の理法である。この理念こそが、真の発展、繁栄につながるという考えだったのです。
 危機は予想外で襲ってくることがあります。幸之助の経営理念は、危機的な状況下でもブレることなくこのように活きるのでした。使命感を従業員と共有することができていたからこそ、従業員は夜を徹して壊滅的状況を早期に復旧させることに成功することができました。また、共存共栄という信念から、松下電器本体が苦しい状況にあるにもかかわらず見舞金を得意先に届けたことが、松下電器を支持する強固なファンづくりに、その後もつながっていくのです。しかし、当時の松下電器の経営基盤はどうだったのでしょうか。移転直後で資金的に楽ではありませんでしたが、「ダム経営」によって何とか措置ができるようになっていたのです。まさに、ダム経営がこうした危機的状況下で生きたのです。この「ダム経営」とは、外部の諸情勢の変化に影響されない余裕ある安定的な経営をすることを意味しています。これも、幸之助の重要な経営理念の一つでした。

 松下幸之助の危機に対しての経営の基本は、「産業人の真使命」「共存共栄」「ダム経営」といった経営理念に裏打ちされた対策がなされていたということではなかったかと思います。こうした経営理念がなければ、「自社の資金繰りも大変なんだ。こんな時に、見舞金どころじゃない」と、社内から不平・不満が出ていたかもしれません。しかし、こうした経営理念を従業員と共有できていたからこそ、平時からなすべきをなして、危機にすぐさま備えることができたのです。松下幸之助は、このような経営理念を持っていたからこそ、危機的状況下においてもブレない対応をすることができたのではないでしょうか。

 参考文献 後藤清一著「こけたら立ちなはれ」(PHP研究所刊)

「こけたら立ちなはれ」(PHP研究所刊)「こけたら立ちなはれ」(PHP研究所刊)
臨時休館中に女性スタッフに代わって世話をしたポトスが育ちました

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松下資料館 館長 遠藤紀夫

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