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館長からのメッセージ

ひたむき
2018年7月

 最近の日本語についてふと思うことがあります。昔の風情ある、味のある言葉がだんだん使われる頻度が少なくなってきたなと。たとえば「ひたむき」という言葉です。「ひたむき」とは、「こうすべきだと思った一つの事に集中し、他を顧みることがない様子」(新明解国語辞典より)という意味です。ところが、最近は「熱心」「一生懸命」という言葉が多用されているように思われます。ちょっと表現を比較してみましょう。

 ・ひたむきな生き方 ⇒ 熱心(一生懸命)な生き方
 ・ひたむきな心 ⇒ 熱心(一生懸命)な心
 ・ひたむきに打ち込む ⇒ 熱心(一生懸命)に打ち込む

 意味は同じように伝わるのですが、「ひたむき」には、気持ちや情感の深さを感じます。元々「ひた」という接頭語がつくと、その状態以外の何物でもないことを表すことになり、「ひたあやまりにあやまる」「ひた泣きに泣く」「ひた走りに走る」というように、そのことに心が集中するといった状況が浮かんできます。
 「ひたむき」を英語で調べたら「earnest」(まじめな、真剣な、熱心な)と変換されました。最近日本語でよく使われる「熱心」「一生懸命」と似ています。

 松下幸之助は青年時代、大阪電灯という会社で配線工事の仕事をしていました。夏の大変蒸し暑い時、何百年も経つ古寺の天井裏に入って配線をする経験を何度もしたそうです。何百年ものほこりが舞う天井裏で、扇風機もクーラーもない猛暑に耐えながら、「ひたむき」に作業をしたそうです。配線が終わって蒸し暑い外に出ると、大変涼しく感じた、という思い出を語っています。
 この幸之助青年の汗だらけになりながらの天井裏での懸命な仕事ぶりは、まさに「ひたむき」という表現がピッタリではないでしょうか。
 最近よく使われる日本語は、シンプルな表現が多用されていて、情感を感じさせる深い味わいのある表現を使わなくなってきています。そのことを、私は大変寂しく思います。日本には、大和言葉とも言うべき情感のある独自の言葉の文化があることを、私達日本人は再認識して後世に連綿と伝えていきたいものです。

「私の行き方 考え方」「私の行き方 考え方」
松下幸之助の青年時代のエピソードが紹介されています

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公益財団法人 松下社会科学振興財団
松下資料館 館長 遠藤紀夫

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