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館長からのメッセージ

松下幸之助とお茶
2017年8月

 松下幸之助は、昭和最後の大茶人と言われていました。財界活動を通して多くの経営者と交わるようになると、お茶を勧められることがよくあったようです。茶人として有名であった阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)創業者の小林一三氏から、「あんたぐらいになったら、そろそろお茶くらいできんとあかん」と言われた逸話も残されています。そして、田中車輌(現在・近畿車輛)社長の田中大介氏から「商売だけではいかん。日本文化も知らなあかん」と強くお茶を勧められたことから本格的にお茶の世界に入っていくことになります。その後、裏千家14代家元の淡々斎(たんたんさい)と深い友誼を結ぶことにより、お茶の奥深い精神世界に強く惹かれていったようです。
 茶の湯が一つの“人の人たる道”であることに感じ入った松下幸之助は、高野山金剛峯寺、中尊寺、大阪城、四天王寺、伊勢神宮内宮等、記録に残っているところだけでも15カ所に茶室を寄付しています。
 その中でも、伊勢神宮の大宮司から「茶室を一つ寄付してもらえませんか」と依頼を受けた時、気高い伊勢神宮の境内に俗っぽい茶室を寄付していいのかという不安を抱いたそうです。その大宮司から候補の場所を見てほしいと言われ、松下幸之助は実際に見て次のように決断しました。

 「私は“境内の本宮の近くに茶室をつくったならば、俗化していかん”という心配をしていたのですが、宇治橋を渡った左手のモミジ林に土地が空いていて、そこは非常に清浄なところです。しかも、そこなら、いかに伊勢神宮といえども、決して俗化することはない、という場所です。そこで、『この場所ならよろしい。これ以上奥へ入ったらとまどうかもしれないけれど、ここならばよろしい。喜んでご寄付申上げましょう』ということで帰ってきたのです」 (「松下幸之助発言集 第24巻」より抜粋)

 お茶室を寄付するにあたってこのような深慮をしていたことに、松下幸之助らしいこまやかな心配りのあり方を垣間見ることができます。
 お茶の世界ではお茶の心を「和敬清寂」と言うようですが、松下幸之助はそれを「素直な心」と置き換えていました。和敬清寂という心境になれば、物事がありのままに見えるのだから、自分は「素直な心」と言いたいという考えのようでした。こうしたお茶の世界から思索の道へとつながることにより、自らの哲学形成にお茶から大きく影響を受けていたのではないかと思います。

庭園シアター映像「素直な心になるために」庭園シアター映像
「素直な心になるために」より

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公益財団法人 松下社会科学振興財団
松下資料館 館長 遠藤紀夫

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