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経営研究活動

「松下幸之助と素直な心」

「松下幸之助と素直な心」

株式会社PHP研究所
客員 岩井 虔氏

 PHPに出社されたら必ず「研究会をする」と言うんですけど、研究会をどこでやるかというと、こうやって椅子に座らしてくれないんですね。座敷です。本人は床の間を背にして、座布団で大きな机に座ります。我々研究員はそこに対座するんですね。並んで小さな文机を置きまして、そして対話をしていくんですけれども。座るなり幸之助所長はこう言うんです。「岩井君、『素直な心』の教科書を持ってきてくれるか」と言われました。とっさのことですから、私は「えっ、あるかな」と思いながら「PHP研究所に無いな」と思ったんで、「所長、教科書と言われますけれども、『素直な心』そのものの教科書はありません。参考書はたくさんあります。でも教科書はありません」と言ったんですね。いろんな本が置いてありますけれども、そう思ったんです。「なんで無いんや」と、こう言うんですね。「わしな、いろんな人と出会いするやろ。一流の人材といわれる人にお会いする時にな、感ずることがあるんや。何か。この人、素直だなあ。一流というのは、政治家であっても経済人であっても文化人であっても外人さんであっても、わし、感ずるんや。ああ、この人は素直やなと思う。だからわしが今まで素直な心でやらないかんと言ってきたことは、間違いじゃないというふうに、その都度確認をする。ところが『素直な心』の教科書が無いのはけしからんな」と言うんですね。「わし、読みたいのに無いんか。じゃ、つくろうか」と、こう言われる。「素直な心の教科書をつくろう」。PHP研究所ですからね、研究テーマが出てきていいわけですけど、突然言われると私も困るわけです。我々はなぜそんなことを言い出したのか、まず確かめておかないと、あとで間違っちゃいますんで聞きましたら、「わしな、PHP始めた頃から、『素直な心になりましょう。素直な心はあなたを強く正しく聡明にいたします』。素直な心は人を強く正しく聡明にすると言うてきたやろ。ほんまにそう思うんや。せめて素直な心の初段になりたい。そのためには一日にいっぺん言い聞かせてね、一万回ぐらいやったらな、素直な心の初段になれると思うんでな。まあ30年かな」というふうなことを言って、書いたりしておりますのでね、残ってるんです。そのことをよく知ってるんですけれども、「しかしな、わしな」と言い出した。「わし、最近、素直になれんのや」と言い出した。当時、松下電器(今のパナソニック)は経営がもう一つ伸びなかった時代です。「わしな、幹部のええところが見えんようになったんや。イライライライラして平常心が持てんようになったんや。素直な心でなくなったんや。どうしてそれを取り戻したらいいか、助けてほしいんや。そのために教科書つくってほしいんや。君、すまんがな、素直な心になるための百箇条、百箇条つくってんか」と言われました。我々は突然ですから、受けますけどね、慌てます。さあ、どうしましょう。「京都は宗教の本山が多いですから、宗教者めぐりをして聞いてきましょうか」と申しあげました。「それもええけどな、まずPHPにおる全員からな、どうしたら素直になれるか聞いてんか。守衛さんもやで。新入社員もやで」と申されました。で、一生懸命集めたんです。30項目ぐらいしか集まらないんですね。それで思いついてですね、「もし時間をお許しいただければ、松下グループがございますから、松下電器の各社にたくさん人間がおりますので、素直な心の提案をしてもらったらいかがでしょうか」と申しましたら「ああ、大事なことやもんな。わかった。やってくれ」と。で、ずっと各グループを回りましてお願いしたら、「わかりました。創業者がお困りになってるんなら、協力します。第一、ええテーマや」と。ということで社内報に載せてもらったり、いろいろ宣伝していただいた。社員に提言を集める。何万件という提言があった。整理するだけでたいへんでしたけれども、それを128箇条ぐらいにまとめて、幸之助さんに見せた。「おかげさまで、これだけ集まりまして、その中から128、選んでみました。こうなります」と言って、研究室にズラーっとぶら下げたんですね。喜びましてね。「ええなあ。この中から百、選んでな。解説書付きの」。こんなこと言い出すんです。「わしなあ、素直な心って、ほんまはようわからんのや。すまんがな、君ら、先、解説考えてんか」と言われた。こんな幸之助さんの本の書き方はありません。今までは自分で思うことを言って、それを我々が書いて、直していくんですけれども、「君ら、先、書いてんか」なんて、こっちはゴーストライターじゃあるまいしね、困ったなと言いながら、室長が四人いたんで、分担しまして一生懸命書いた。お気にいらんのですね。「君、素直な心は悟るもんや。心にスーッと入らないかん。君らの解説書はな、ゴツゴツしてな、あっち行ったりこっち行ったりして理屈っぽい」と言われました。「そんなら自分で書いてくださいよ」と言いたくなるんですけど、それでも一生懸命手直しをしまして、直していったんですけど、また引っかかる。「君、ここに人の言うことをハイハイ聞いたら素直な心が高まると書いてあるな」。「はい。書きました」。「これ、ほんまか。素直な人が人の言葉を聞く。ハイハイ、この人はこう考えるんだな。なるほどなと。これはわかる。しかし人の言うことをハイハイと聞いてて素直な心が高まるんやろうか。どやろうか」と疑問を持たれたんでしょうね。ほんで我々に「違うんじゃないか」と言い出した。我々も一生懸命やってますんでね、本音で何でも言えと言われてますんでね。「いや所長、所長の好きなお茶がありますよね」と。松下幸之助の唯一の趣味がお茶なんですけどね。裏千家さんの。出入りしてましたけれども。「あのお茶の世界でも、心が形をつくり、形が心をつくると言うでしょう。お稽古をし、お茶室に入って、そしていろいろやり取りをしている間に、心が和敬静寂の念というものが養われると言うじゃないですか。だから人のいう事をハイハイと聞くという、そういう姿勢、そのものが素直な心を高めるというのもありじゃないでしょうか。両方あっていい」というふうに。「理屈つけてきたな、君らは。ちょっとわからんようになってきたな、我々は。これ、ちょっと置いとこか」。珍しいです。幸之助さんが保留宣言をする。珍しい。でも時にはそういうことあるんですね。その時に一番若い室長が言い出した。「所長、我々とらわれているんじゃないか」。「なんや」と。「所長は百つくれと言われた。これが間違ってる。今までの所長の本は、自分はこう考えるんだ、というところからスタートしましたよね。今回はよそから知恵をもらってきて、これもそうじゃないか。ふるいにかけてつくろうとしてますよね。その進め方自体が間違っている」と言い出したんですね。「えっ、こいつ、何を言うんかな」と。若い室長でごさいます。我々もハラハラするんですけれども、言うわけですね。「もういっぺん原点からやり直して、所長が日ごろ言っている素直とはなんぞや、どうすれば素直な心になれるかと言ってるじゃないですか。そこからまずまとめて、そこからどうするかまた考えたらいい」と言い出した。しばらく所長、考えてました。「そうか、君、そうか、そう考えるか。そうか。みんな、どや。もういっぺんやってくれるか」。この素直な心は40箇条になったんですがね。幸之助さんの素直論中心に書いてあります。それを「これで、ええ」ということになりまして、ホッとしたんですけども、3週間ぐらい経った時です。一生懸命、我々やりましたんですけどね、所長も一生懸命読んでらした。こんなことを言う。「君なあ、ありがとう。あの素直な心の教科書、ええわ。よく書けてる。でもな、わしな、本を読むということがな、なかなかなれん時がある」。お忙しいですしね。確かにそういう場が少ない方。「でな、ポケットに入るものをつくってほしいんや」「えーっ、またへんな注文をされるな」と思ったんですけど、それを皆さんのお手元に、今日ですね、これがそうなんですね。「素直な心という本の要約をつくりましょか。要約をつくったものを幸之助さんのポケットにいれましょう」と考えまして、つくったのがこれです。(PHP研究所小冊子「素直な心になりましょう/人間を考える 新しい人間観の提唱」)ここに『素直な心』と『人間観』と両方書いてあるんですが、『素直な心』の方を広げていただきますと、『素直な心はあなたを強く正しく聡明にいたします』から始まって、いろいろ書いてごさいます。これを読んでいただければ、幸之助さんの言いたい『素直な心』とはなんぞやということがわかってくださると思います。これを読んでですね、「これでええわ。これをな、ポケット入れるようなのをつくってくれるか」とその時に、こう言われました。「君、こういう言葉を添えてくれるか」というのが一番あとに書いてある囲みの中の言葉なんですね。あなたの心が~というとこ。ちょっと皆さん、お声を出していただいて、ご一緒に読ませていただきたいと思います。『あなたの心が素直になるように。あなたの精神が落ち着くように。あなたに衆知が集まるように。ともどもに幸せになるように。この文章を読みましょう』こういうことを言うといてんかと言ったんで、こうやって書き添えたんですけどね。
 なぜそれほど素直、素直と言うのか。「まず自分の心が落ち着いているかどうか。色眼鏡をかけないで、ありのままの姿をちゃんと見てとれるような心になるか。真実、真理をわきまえる、そういうふうな心になるか。それが何をもたらすかと言うと、衆知、人々の知恵が集まる、そういう心に通ずるんだ。衆知を集めて人間はよりよき考え方、よりよき生活ができる、よりよき社会ができる、みんなの意見、知恵というものを結集して、それができるのが人間の特徴なんだ。そうつくられてるんや、人間は」という主張をなさいます。で、「そしてともどもの幸せにそれをもっていく。何のためか。幸せづくりです。そのために我々は素直な心が必要なんだということを言いたい、ということを添えといてんか」と、こう言われましたんでね。「わかりました」。その当日言われましたそのままの言葉です。それを書いていますんで、それをポケットに。「裏、白でいいですか。何か入れておきましょうか」て、一人がですね。「人間観の提唱、よく使ってらっしゃるの、あれ入れておきましょうか」「うん。あれ、ええわ。人間の使命というものをちゃんとね、人間というものは万物の王者として、すべてのものを発展させる天命を持つ。この地球も。この人間がちゃんと治めないといかん、そういうふうに自然の理法はつくられている。そういうものが人間なんだ。人間はその責任がある。プライドを持ってそれをやろう」というふうに書いてあるわけですがね。「そのことを裏表で書いておきましょうか」と言って、これをポケットに入れておったのが松下幸之助。それを何度も何度も。汚くなりましてね。随分読んでるんだなと思います。何かあったら、こうやって広げて読むんでしょうかね。素直な心になかなかなれない。そういうもどかしさを感じながら、でも素直にならないかん。そうでないと、いい仕事ができん。松下経営もそうだし、PHPもそうだし、政経塾もそうだし、我々が人々に会う時もそうだし、というふうないろんなことに応用しながら、その素直な心を大事にしておられたことを覚えております。

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