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経営研究活動

「新・観光立国として日本はどう変わるべきか」

「新・観光立国として日本はどう変わるべきか」

株式会社小西美術工藝社
代表取締役社長 デービッド・アトキンソン氏

 そういうふうに来た時に、平均して欧米とそれ以外の国も長く滞在してもらうことに力入れてますので、やっぱり長くなってるんですけれども、2週間います。欧米の人は。2週間居ます。これを単純に考えてください。2週間は日曜日に着きました。月曜日から京都観光始まります。9時からお寺。10時にお寺。11時にお寺。はい、お昼。1時に神社。2時に神社。3時にお寺。4時に神社。それでもう食事ですと。火曜日、9時に神社。10時に二条城。11時に神社。それで1時にお寺。これを2週間続けられる人がいるとはあんまり思えないです。
 そういう意味では、2週間いれば一つの趣味だけで固まることはまずありえないです。日本人の多くは観光を、ちょっと行ってちょっと戻ってくるという感覚でとらえているかもしれませんが、それは観光じゃないんですよね。ひと休みのものですので、それは本物の観光とはちょっとものが違うということを考える必要があるんです。そういう意味では鎌倉を見ればよく分かるんですけども、隣の町にそんなに人が来ないのになぜあんなに人が鎌倉に来るのかと。ビーチのみだったら、それは他のビーチに行った方がよっぽど魅力的なビーチはその近くに。逗子に行けばもっと素晴らしいビーチがあるんですけど、なぜ逗子より鎌倉の方が圧倒的に人が多いのかということです。それは多様性があるからです。
 最近、外国人が2年前から鎌倉に来てますけれども、外国人の誘致をしようとしている市は、最初から最後まで全部文化なんですよね。外国人どこ行ってるか。鎌倉ご存知の人は分かりやすいんですけど、文化系の人は鎌倉駅を出て文化は左です。ビーチは右なんです。実際に鎌倉駅の前に立って、そうすると観光客が集まる毎日のピークの時に、あの前に立ってどっちが多いかというと、圧倒的に右に行く人が、圧倒的に多いです。一人に対して十人ぐらいの人は右に行きます。ただ、暑くなったりとか途中になったりするといきなりにその動きが完全に変わってきて、いきなりに長谷寺だとかああいうところで人が増えてくる。特に外国人ですね。外国人観光客は2時・3時ぐらい一番暑い時はみんな神社仏閣にいっちゃいます。で、もう少し涼しくなるとビーチに戻るんです。そういう傾向があります。あれなんか日本人見てると逆なんです。
 そういう意味では、多様性を全面的に出すという事は非常に大事なものであると同時に、来ているのはあくまで人間ですから人間の常識を考える必要はあります。それを京都の中で一番上手くやっているのは、言うまでもない伏見稲荷なんです。昔は、私が小西美術に入った一番最初の仕事、実は伏見稲荷の式年遷宮の時の修理だったんです。2年ぐらいは通ってました。実際には楼門の上に自分は小西美術入ったばっかりで、職人の仕事どういうものか、塗りはしませんけれども、あの朱色落としてる時に、私は実際に落としの作業を全部で3週間ぐらいやりました。上に行って楼門を実際に見て、左側の組み物があるところのあの辺が私の仕事でした。そうすると、足場の中なので観光客の動きというのは真ん中を通ってお参りしてました。そうたいした人数は無かったです。
 今は行ったらですね、こないだ宮司さんに久しぶりにお会いしたら、動けないらしい。そうすると宮司の前に人がちょっと動いてください、退いてくださいということを先導の人がいないと宮司さんとしては動けないらしいのです。毎日お正月みたいな感じになってまして、こないだ宮司さんに会って「どうなんですか?観光公害とよく言われますがどうですか?」「いやもうそれで観光公害とかそういうことは決してありませんよ」と言って、よくよく考えてみると伏見稲荷というのは商売繁盛の神様なので、京都一にならないとそれはもう理屈にならないと思いますけども、非常に繁盛していることは事実なんです。
 では、前と今現在となんであんなに変わったのかと。誰も来ない伏見稲荷でなんであんなに外国人だらけになったのかということをみると、ものすごい簡単に説明することはできます。それは四文字で設備投資。それだけなんです。あの伏見稲荷というのは、全面的に式年遷宮ということもあったんですけども、お宮を全部塗り直しました。ピカきれいになりました。表参道も前はどこにあるんだろうと、よく分からないような狭い道ばっかりだったんですけども、それを全面的にきれいにして、一番メインの表参道というのをあんなに広げて全部石畳にして、綺麗に見えるようにして整えていったということもあります。昔は千本鳥居のところも、なんか蜘蛛の巣ばっかりで歩きたいと思わない、暗いようなところだったんですけども、下はコンクリートだったんですけども、全部とっぱらっちゃって全部石畳にして、全部間接照明にして、行きと帰りというふうにしていて、裏の参道の方で屋台も週二日ぐらいしかやっていなかったので、毎日やってくれという話で毎日やってます。
 もうひとつ大事なのは、お山を整備をした。上の方に一番見晴らしのいいところでお茶屋を作って、内部からでも外からでもお茶を飲みながら楽しむという施設も作りまして、実際に歩くところも全部整備してやっていったんです。そうすると今の話の通りで、気候は変えられませんけれども、自然を生かしていると。食事もちゃんと提供していますと。なおかつ面白く提供してます。文化も当然そこで組み合わせています。あの辺で、伏見の方のお寺さんだとか、あの辺にいっぱいあります。伏見稲荷だけが大変な繁盛やってますけれども、歩いてすぐにある由緒あるお寺があるにもかかわらず、ほとんど誰も来ない。何が違うんだ。食も提供してません。自然の体験も整備してない。文化だけはあるんですけども、それも分かりやすく楽しめるような形になっているわけではない。ただ単にポツンとそこに立ってるだけで、伏見稲荷の設備投資、大変な努力をしているところとしていないところの違い。ものすごく簡単な、単純なことなんですけども、全国回っている自分としては、なぜここがこんなに、例えば尾道だとか、なんでここがここまで繁盛してるのに、客観的に見ればこっちのほうが繁盛してもおかしくないのに、全く繁盛してないと。
 小西美術はもともと日光の会社なんですけども、日光東照宮ばっかりに人が来るんですけども、その手前にある輪王寺さんのところにごく一部の人しか来ない。絢爛豪華という違いもあるんですけども、ただ関係してるところから言えるところなんですけども、日光東照宮の場合は徹底的に観光客のことを考えてやってる神社さんです。それに対して、他のところは、東照宮に頑張ってもらえば自分たちは便乗できるんだとうことで、人は来ない。そういう違いが出ています。
 そういう意味では、京都はそういうところでお山を歩くとか、元から鴨川を歩くとか、そういうところがあると同時に、やはり自然に多様性がある国は日本以外にめったに無いことであると同時に、文化に自然を足すと呼べる層が広がるということは一番のポイントの一つになります。
 京都二条城の顧問も数年前からやらせていただいてますけども、この考え方に沿って事務所の方がものすごい実績を出して、自分は勝手に言ってるだけなんですけど、ものすごい実績を作っています。みなさんご存知だと思いますけれども、2017年。明治維新のこともあったんですけれども、みごと47年ぶりの最高記録を更新したのは二条城の事務所の功績なんですけれども、前回の大阪万博の時、それを上回ること絶対にありえないということ言われてたんですけども上回ったんです。
 じゃあ京都二条城ガンガン発信したのかというとその事実は無いです。何をしたかというと、先ほどの話の通りで設備投資をしたんです。そこのカスタマー・エクスぺリエンスというんですけど、観光客が来た時にどこまで楽しんでどこまで満足ができる、同時にどこまで層を広げることができるかということをメインにして、二条城の整備に事務所がものすごい努力をしてそのぐらいの人が来た。こういう流れです。
 具体的に何をしたかというと、これは京都市長さんが一番動いたんですけども、大手門ですね、ど真ん前に観光バスの駐車場でした。みなさんに申しあげるのはあれなんですが、さすがに日本で素晴らしいものを台無しにする得意分野だなと思いますけど、あんな素晴らしいど真ん前に観光バスを駐車するというのは、ほんとに何にも見えない。それを市長が、たいへんな交渉になったらしいんですけども、北の方に全部どかしました。大手門自体は全面的に修理をして、まん前は汚い道だったんですけれども、事務所が調べてみれば、文献上では三和土(たたき)だったということで、全部三和土に戻しました。実際にはチケットを売っているところも北側にどかしていって、とにかく大手門が映えるように配備をしたら、それだけでも世界中にインスタグラムでバーっと広がっていきます。
 内部に入って行けば、前はですね、私がやっていた仕事で手前味噌で申し訳ないんですけども、パンフレットあったんです。パンフレットは外国語4ヶ国語だったということで、実際には自分の言葉というのは一つしかありませんので、結局は4人のために一つのパンフレットを作ってますので、内容がその人のために四分の一しかありません。ほとんど内容が無い。実際には。という問題があったので、全部分けました。外国人にとっては『徳川家康』といわれても、大文字だから場所なのか植物なのか動物なのか何なのか、何か固有名詞なんでしょうけど人間であるという事は当然ながら日本の教育を受けているわけではないので分かりません。今生きてる人なのか、いつの時代の人なのかこれも分かりません。全部説明した。『将軍です』と書いてありますけど、将軍が分からない。ということで、将軍が何かという事を全部説明しました。いきなり前のやつは『明治維新の時に』となっていた。外国人ですと明治レストレーションといわれてもそれが何なのかとか全く分かりません。だから明治維新は何だったのかとかいう事を全部説明して、『大政奉還』のところですね。大政奉還なんて英語にするといっても誰も分からない。これは全部丁寧に説明していって、そのパンフレットをみんな一個一個の言葉に書いていって、充実させていって、その人達がもう少し求めているような情報に変えていったんです。これは大変かというとそんなに大変なことじゃないんです。

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