私はよく、幸之助の孫だから、幸之助からいろいろ帝王学を仕込まれたのではないか、という質問を受けるが、まったくそういうことはなかったと答えると、本当かと不思議そうな顔をされる。実際、幸之助から「こういうことをやれ」「そういうことをやるな」といった指導は一切なかった。しいて言えば、あれが指導だったのではないかと思い当たることがある。
ここでは、幸之助から学んだことについて3つのことを紹介したい。
1)みずから学ぶ
私は大学を出て松下電器に入社後、若いうちに外国を知っておく方がよいとの考えから一時休職し、アメリカの大学院に留学していたことがある。その大学院は世界でも1、2を争うほどの立派な経営学の修士コースとして評判であったため、幸之助に入学の報告をする際には、相当褒めてもらえるものと期待していた。ところが、幸之助からかけられた言葉は「経営というものは学校で学べるものではない」というものだった。方法論や知識などは学校で学べるが、生きた経営は、実際に自らが体験して苦労をして身につくものだと言いたかったのだと思う。実際に、幸之助は松下電器の社員に対して、塩と砂糖の味を例えに、実地の体験と、学問・理論による学びの両面が、商売や経営には不可欠であるということを語っている。
私が帰国して何年かを経て、ある部門を任されるようになり、年2回概況報告を行なっていた時も、具体的な指導はなく質問攻めにあった。事前に想定質問集などもつくり模範解答を用意したが、想定外の質問には十分に答えられないこともあった。そんな時も叱責はなく、次の報告時に同じ質問をされた。その場で叱ればそれまでだが、「自分の至らなさにみずから気づかせる」、それが幸之助の何よりの教育だったのだと思うのである。幸之助は、人を教育するということについて、会社が非常な義務感を持って社員を教育するだけでなく、あわせてそのひと自らが自分自身を育てなければいけないのだと考えていたのだ。
みなさんも幸之助の言葉に、「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」という言葉をご記憶かと思うが、まさにそういうことだと思う。みずから気づくことが大事だということを言いたかったのだろう。それが祖父の教えであったと思っている。
2)ひとの話をよく聞く
幸之助は生前、「人の話を聞く名人」「無類の聞き上手」という評価を頂戴していたが、その本質は、地位や年齢などにかかわらず、損得ではなくそのひとの話が本当に聞きたくて聞いていたのだと私は考えている。その理由として、幸之助は小学校4年生で丁稚奉公に出ざるをえなかったことから、どんなひとからも学ぶべき点がたくさんあるという思いが根底にあったのだと思う。さらに体が弱かったこともあり、自分自身が経験できる量や質には限りがあるが、人の話を聞くことで、あたかも自分が経験したかのごとき生きた知識が得られるのだという思いもあったようだ。
具体的なエピソードとして、私が大学生のとき、自宅に来ていた友人を幸之助に紹介したときの話がある。幸之助は友人をつかまえて「今、どんな勉強をしているんだ?」から始まり、1時間くらい質問攻めにした。ようやく解放されるかと思っていると「ところで、君の親父さんはどういうことをしているんだ?」とさらに延々と質問攻めにしたのである。このようにどんな相手に対しても本当に興味をもって質問して、すべてを吸収する人だった。
松下幸之助は「経営の神様」と言われ、いろいろな場面での経営判断に「動物的なカン」が働くなどとも言われていたようだが、実際のところは常日頃からあらゆる階層の、あらゆる地域の、あらゆる国の、あらゆる地位の人に、分け隔てなく、いろんな話を聞くことで、総合的な非常に奥の深い生の現場の知識を自分のものにしていき、その蓄積が様々な判断に結びついていったのだと思っている。
3)素直な心を持つ
私は幸之助の遺した言葉として、「素直な心」というのは非常に好きであり、なんとか素直な心の持ち主になりたいという思いを抱いている。幸之助は終戦の時に非常な困難にぶつかり、そこから素直な心になろうという決意を持った。素直な心は幸之助自身も「とらわれない心」や「私の心をなくして公の心を持つ」といった解説を加えているが、素直な心になるための方法を碁になぞらえて、次のようにも語っている。
「言葉では簡単でも、真実の素直な心が働くのは非常に難しい。しかしそれを碁に例えるなら、碁を毎日一回、一万回打てば、だいたい初段になれると言われるように、日々『素直な心になりたい』と一万回念じれば素直な心の初段になれるのではないか。ただし初段に近づけたのではないかと思ってもまた少し後戻りしてしまうような状態だから、素直な心になりたいということだけでも、30年かからないと一人前にはならないという感じがする。」
私は、素直な心とは、突き詰めれば、至高の存在としての誤りのない神様の心に近づかないと、なかなかなれないのではないかと思っている。われわれ人間は神様になる事はできない。しかし常に「もう少し、より素直な心になりたい」と思い、心がけ努力することが非常に大切なのではないかと思う。したがって、私自身はできるだけ広い視野に立とう、できるだけ長期的な観点を持とう、できるだけ公の心を持とう、というように心がけている。
私が祖父・松下幸之助から学んだこととして、「みずから学ぶ」、「人の話をよく聞く」、「素直な心」になろうと努力していることを申しあげた。参考になれば幸いである。 |